漢方症例集
2020.04.30

肩こりのお話

ある初夏の日、以前働いていた職場で30才代の仲良し二人組ナースに声をかけられました。

一人は控えめで大人しい感じのカタ子さん、もう一人は明るくて社交的な方コリ江さん。コリ江さんは「先生!、肩こりに効く漢方ありますか?最近肩こりがひどいんです」とのこと。発言の順番を待って、控えめなカタ子さんも潤う眼差しを向けながら「私もなんです」。

漢方のことで相談されるのは嬉しく「もちろん、あるよ」と答えました。すると二人は嬉しそうに「それではお願いします」と言ってその場を離れてしまいました。受付を済ませておくので、処方をお願いしますということです。

多くの場合、このようなやりとりだけで処方するのは難しい・・。それぞれの漢方的な診断によって使う漢方薬が異なるからです。

シャーロック・ホームズのようにこの短いやり取りの間で、「なるほど、カタ子さんは寒くもないのにピンクのカーディガンを羽織って、さらに靴下は二枚重ねて履いている。声は小さく、肌は少し乾燥気味。話をした後すぐにトイレに行っていたから、トイレも近いのかもしれない。一方、コリ江さんはいつもより声のトーンが高くて早口、顔は少し赤い。それに爪は噛んだあとがあった(全て仮想の情報)」などと漢方診断にヒントになるような情報を一瞬で掴めれば、大まかな処方は決めることができるかも知れません。

でも、そんな芸当は持ち合わせていないため、仕事がひと段落したところで社交的なコリ江さんに、「あのやり取りだけでは漢方薬を決められないので、あとで診察室に来るように」と伝えました。程なくしてやってきたのはカタ子さんとコリ江さん。プライベートにも少し立ち入って話を聞かなければならないので一人で来て欲しかった。物事は正確に伝えないと相手には通じないと反省し、もしかすると診察室で二人きりになるのが嫌だった?という可能性にも配慮しつつ、カタ子さんには「ちょっと時間がかかるので改めて話を聞かせて欲しい」と説明して、それぞれに時間を作ってもらいました。

話を聞いて少し診察もさせてもらうと、二人の肩こりの原因の違いは明らかでした。カタ子さんの原因は主に冷え。もともと冷え性とのことで、クーラーにも弱く、クーラーで頭痛や腰痛もあるとのこと。一方、コリ江さんの原因は主にストレス。イライラの原因などを聞くと家庭に職場と色々と抱えていました。二人に処方した漢方薬はもちろん違います。

実は肩こりの治療はなかなか難しく、良くなっているのかどうか少し不安に思っていたところ、処方して数日後、職場でコリ江さんを発見。声をかけてみると、「肩こり楽です!」と嬉しそうに伝えてくれました。漢方薬の効果は内服後数日の反応で判定できることが多く、職場だとすぐに反応がわかって助かります。そのあとすぐにカタ子さんからも「いい感じです」と報告をもらいました。

ひと口に肩こりと言っても漢方的に診ればその原因はさまざまで、この原因を正しく見極めて漢方薬を選ばなければ、症状を良くすることはできません。シャーロック・ホームズになれないぼくにはある程度の診察時間が必要ですので、皆さまよろしくお願いいたします。(拓也)

注:「カタ子さん」「コリ江さん」は仮称です