更年期障害
2026.04.26

小さく死んで、小さく生まれる。更年期という冒険の物語。

「ちゃんと生きるとは、ときどき死んで、その都度新しく生まれることです」

臨床心理学者の東畑開人さんは、著書『カウンセリングとは』の中でそう綴っています。

これ、更年期の渦中にいる私たちが、今まさに身をもって体験していることではないでしょうか。

赤ちゃんから子供へ、そして青年から中年へ。私たちの変化は、グラデーションのように滑らかなものではありません。そこには明確な「切断」がある。東畑さんはそれを「文学的変化」と呼んでいます。つまり、「自分という物語」の書き換えです。

「かつての私」を弔う、5つのステップ

更年期という大きな転換期を前にして、私たちはどうしても「かつての自分」に執着してしまいます。若さ、バイタリティ、あるいは「何者かにならなきゃ」という焦燥感。それらを手放すプロセスは、精神科医キュブラー・ロスの「死の受容の5段階」にそっくりです。

1.    否認: 「いやいや、ちょっと寝不足なだけ。まだいけるし」と現実逃避。

2.    怒り: 「なんで私だけこんなに暑いのよ! 」と八つ当たり。

3.    取引: 高級美容液や過剰なアンチエイジングで、神様と無理な交渉。

4.    抑うつ: 「私はもう、女として、人間として枯れたのね」とドロドロの沼へ。

5.    受容: 「……ま、これが今の私だし。それはそれで悪くないか」という諦念と納得。

この5段階を、私たちは行ったり来たりしながら進みます。でも、それでいいんです。「小さく死ぬ」ということは、これまでの役割や価値観を一度きちんと葬り、お通夜をして、見送るということ。簡単ではありませんよね。

「元通り」ではなく「バージョンアップ」

患者さんからよく「更年期が終われば、元どおり元気になれますか?」と聞かれます。

でも、お伝えしたいのは、そこで待っているのは「元どおり」の自分じゃないということ。

「更年期」とは、文字通り「年を更(あらた)にする」時期

古い物語を愛惜し、十分に悲しんだ先に待っているのは、新しいOSを搭載した「新しい元気」なあなたです。

漢方の知恵は、その書き換え作業をスムーズにするための、いわば「推敲」の道具。気・血・水の巡りを整えることは、ガタついた身体をなだめるだけでなく、新しい物語を書き始めるための「心の余白」を作ることでもあります。

無理に若返ろうとしなくていい。でも、枯れて終わるわけでもない。

私たちは今、不必要な荷物を降ろして、軽やかになるための通過儀礼を戦っている最中なのです。

当診療所は、あなたが「小さく死に、小さく生まれる」その節目の伴走者でありたいと思っています。物語の第二部、もっと自由に、もっと欲張りに書き始めてみませんか?